Spectral Music、Spectral Music / スペクトル楽派の音楽は音楽を音響現象の観点からFFT分析し、さまざまな音響処理技術を作曲技法、音楽理論に還元させるようなアプローチをとる音楽です。
近年のフランスでは絶大な影響力を持った現代音楽で、ここでの重要な作曲家はTristan Murail(トリスタンミュライユ)、Gerard Grisey(ジェラール・グリゼー )らMaxを開発したフランスの国立音響研究所 Ircamと関わりのある音楽家です。彼らの作曲技法をMax/MSPで実装する方法を解説いたします。
音響スペクトルへの着目
スペクトル楽派と呼ばれる作曲家達の特徴として、様々な音響現象をコンピュータ解析し、スペクトルの推移や分布の変化を音楽として表現していることが挙げられるでしょう。
それは自然界に溢れた音響のみならず、テープエコーなどの電子機器の特徴的な音響変化を楽器で再現しすることもあります。
音響という単なる物理現象を抽象化し、音楽のレベルに昇華する技法はまぎれも無い芸術行為です。
Tristan Murail トリスタン・ミュライユ
Tristan Murail (トリスタンミュライユ)はアメリカに拠点を置くフランスの現代音楽の作曲家です。パリ音楽院ではメシアンに師事し、作曲スタイルはイタリアのシェルシの音楽を引き継ぎ、音響分析を元にした独自の音楽理論を組み立たものです。この電子音楽の実験的な研究、創作にはフランスのIRCAMが大きな役割を果たしています。また、彼はOpenmusicの前進となるPatchworkというソフトの開発にも携わっています。Patchworkに似たソフトとして現在はPWGLというオープンソースソフトもあります。
1997年からはアメリカのコロンビア大学で作曲の教鞭をとっています。
作曲技法は音響解析した特定の音の倍音構成を和声の基盤に据えたり、FM、AM、RMなどの変調をポリフォニーに応用したりするもので、コンピュータ技術とは密接な関係にあります。
音響解析を元にした音楽は微分音の使用を余儀なくされる作品が多い中、ミュライユは微分音を駆使する事が不可能であるピアノ作品においても優れた名作を残しています。また、作曲にOpenmusicを使用するだけでなく、音響合成にもMaxなどを使用しています。オーケストラ作品だけでなく、ソロ作品にもミュライユは力を入れていてクラシック音楽では珍しいエレキギターのためのVampyr!という楽曲も作曲しています。その譜面には目一杯の音量で演奏するように指示があります。
トリスタン・ミュライユ;ゴンドワナ 他 [Import from France] (Tristan Murail: Gondwana; Desintegrations; Time and Again) | |
Tristan Murail
Naive 2004-05-18 |
Gerard Grisey ジェラール・グリゼー
Gerard Grisey (ジェラール・グリゼー)はミュライユと同じくパリでメシアンに分析を習い、ダムタット現代音楽講習会にてシュトックハウゼン、クセナキス、リゲティらのクラスを受講しています。日本人の弟子としては金子仁美、夏田昌和らがあげられます。
グリゼーがその52年の生涯に渡って探求したテーマは、倍音とノイズの間のスペクトラムのカラーです。非常にゆっくりとしたペースでその音響が展開されていくところが作品に共通した特徴です。また、彼がこだわった音響について以下のような言葉を残しています。 "We are musicians and our model is sound not literature, sound not mathematics, sound not theatre, visual arts, quantum physics, geology, astrology or acupuncture" (Fineberg 2006, p.105).
Gérard Grisey: Les Espaces Acoustiques | |
Gerard Grisey
Kairos 2005-04-11 |
IRCAM
IRCAM(Institut de Recherche et Coordination Acoustique/Musique)はピエールブーレーズが初代総裁を務め、現在でも現代音楽において重要な役割をはたしているフランスの国立音響音楽研究所です。John ChowningがFM音響合成の原理を発明したのもIRCAMでのことです。現在のMax/MSPがFFT関係に強い理由はIRCAMのスペクトル楽派の作曲家の思想が色濃く残っているからであると思われます。
残響時間をコントロールできるホールや無響室などを備えていて、研究員制度により毎年数多くの作曲家を育て世に送り出してきました。
また、ジェラール・コルビオ監督のカストラートという映画ではカストラート歌手の歌声を再現するためにIRCAMが協力し、様々なコンピュータ音響処理技術を駆使して作品を仕上げました。
ソフトウェア
IRCAMは現代音楽の作曲家が求める音楽に応じて様々なソフトウェアが開発されています。中にはフランスの文部省と共同開発している教育向けソフトウェアなどもあります。
主に利用されているソフトウェアはアルゴリズミックコンポジションのためのOpenmusic、スペクトル分析から音響処理、SDIFの生成までを行うAudiosculpt、後にサンフランシスコの企業にライセンスを互譲するMax、物理モデリングにより未知の楽器をデザインするModalysなどがあります。
特にOpenmusicはヨーロッパの現代音楽の作曲家に広く使われるソフトで、ブライアンファーニホウやカイアサーリアホ、フィリップマヌリらの作品の制作には欠かせないツールとなっています。
AMSynthesis
AM音響合成、シンセシスは振幅変調とも呼ばれ、似たような合成の方式としてリングモジュレーション(RM)があります
RMはシュトックハウゼンが"Kontakte", "Mikrophonie", "Telemusik"などで好んで使用したことでも知られ、70年代までの電子音楽スタジオで最も広く使われた音響処理です。
キャリア(C)、モジュレータ(M)がサイン波であった場合、RMはC-M, C+Mの周波数が出現するのに対してAMの場合はC-M, C, C+Mのピッチが出現します。
この音響合成の方法はピッチが不安定だったアナログシンセの時代には、まるで使い物になりませんでした。
当時は不安定なオシレーターを活かして抽象的な音色や、鐘、ベルなどの効果音に使われることが多かったようですが、デジタル音響合成により、正確で安定した周波数が出力可能な可能になった現代では、本来のハーモニーを生み出す用途で使われることも多くなってきています。
シンボル領域でのAM音響合成
シンボル領域とは
シンボル領域とは楽譜の音符のレベルの領域を意味し、シンボル領域でのAM音響合成とは、オーディオレベルの音響合成ではなく、AM音響合成の原理、アルゴリズムを楽譜レベルで適用しモチーフを変形するアプローチを意味します。
このように、科学技術からインスピレーションをうけて作曲技法に応用する動きがircamの作曲家に見られます。
Tristan Murail(トリスタン ミュライユ)の"Gondwana"…(1980)では周波数変調を応用しキャリアとモジュレータの周波数の加算、減算に よって音の集合を生成し、これらを操作していくことで音楽の変化をもたらすような作曲技法を開拓しています。
Max/MSPで実装
AM音響合成において、原音のピッチに加えC-M, C, C+Mのピッチが出現することをは既に説明したとおりです。これをそのままMaxの+オブジェクト、-オブジェクトを利用して実現します。ここではMIDIノートナンバーレベルではなく、あくまで周波数として足し算引き算を行い、最後にMIDIノートナンバーに変更するアルゴリズムをとっています。
このような合成のアプローチでは微分音の発生を避けて通る事はできません。しかし、MIDIは微分音の表現ができないため、近似値に丸め込む必要があります。これはftomオブジェクトが全てを実行してくれます。小数点以下の端数は切り取られ、どのような周波数が送り込まれようともMIDIノートナンバーを吐き出してくれるオブジェクトです。
映像でご覧いただけるように、単なる平行進行とは異なる音の組み合わせが出現していることがわかると思います。かといって、でたらめな和声付けが行われているわけでもなく、ある規則に従って和声が組み立てられています。これも一つの様式と呼べるでしょう。平行進行にならない理由は周波数とピッチの関係が指数関数的に増大していくためです。
デモムービー
patch
spectral.maxpat.zip …(for Max5)
max5Runtime(上記のMaxパッチの実行用フリーソフトウェア for Mac)
max5Runtime(上記のMaxパッチの実行用フリーソフトウェア for win)
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参考文献/音源