このページではスティーブライヒのPiano Phase (1967)のフェイズ、モアレを利用した作曲技法をリバースエンジニアリングにより分析し、max/mspを用いて再現するとともに、ピッチクラス集合論を用いて楽曲のハーモニーの分析を行います。
Steve Reich (スティーブライヒ)
スティーヴ・ライヒ(Steve Reich, 1936年10月3日 – )はアメリカの現代音楽の作曲家。ライヒの音楽はフェイズや反復を多用するため、テープによるサンプリングなどが古くから利用されています。ライヒは1957年にコーネル大学哲学科で芸術の学士号を取得した後、1958年から1961年までニューヨークのジュリアード音楽院にも在籍しています。
1961年から1963年までは、ミルズカレッジでルチアーノ・ベリオとダリウス・ミヨーの元で作曲を学んでいます。また、1970年にはガーナ大学アフリカ研究所でドラミングを、1973年から1974年にかけてシアトルでバリ島のガムランの研究も行っており、各地の民族音楽も積極的に吸収しています。
Writings on Music, 1965-2000 |
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Paul Hillier
Oxford Univ Pr (Txt) 2002-04-11 |
Phasingとは
Phasingとは日本語ではフェイズなどと訳される作曲技法についての音楽用語で、1つの反復的なフレーズを2人の演奏者が異なるリズムで演奏する技法です。
これは一種のポリリズムと考えることも可能であり、フィリップグラスはポリリズム的な観点でミニマリストミュージックを追求しています。
2人の奏者のための楽曲の場合、はじめは同じフレーズを2人でユニゾン演奏していますが、2人は微妙に異なるテンポで演奏を行うため少しずつに2人の拍、節ずれていき、最初の段階(音符が32分音符分遅れた状態)ではエコーのような効果を伴い音型を追いかけるような演奏に聞こえる時間帯が出現します。
次に音の遅れが一定(16分音符分)に達すると再び2人の演奏のパルスが重なる時間帯になりユニゾン演奏が再び出現します。
しかし、一方の奏者は音型の中で音符が一つ分遅れた位置からフレーズを反復演奏しているため、最初とは異なるダイアド(2つのピッチクラスから成るハーモニー)が出現し、最初のユニゾンとは異なる縦のハーモニーを形成します。
そのハーモニーはリズムがずれるごとに徐々に変化していき、反復の音型が一周期分遅れるとまた最初の状態と同じの完全なユニゾンに戻り、一種の終止形のような展開をもたせることが可能です。
フェイジングによるハーモニーは機能和声とは異なる音響の変化、音楽的な展開を生み出すため、一部の現代音楽の作曲家に好んで使われる手法です。
Piano Phase(1967)
Piano Phaseは1967年にスティーブライヒによって書かれた2台ピアノのための楽曲で、ライヒが最初にフェイズの技法をライブパフォーマンスのために適用した楽曲です。It’s Gonna Rain (1965) とCome Out (1966) などのテープ音楽作品では既にこの技法を実現しています。
Piano Phase以降、Violin Phase (1967), Phase Patterns (1970), Drumming (1971)も同様の技法でライブパフォーマンスのために書かれた作品です。2004にRob Kovacsという学生がこの作品を初めて1人で演奏しました。この演奏会はライヒ本人も聴衆として参加しています。
Phase Patterns/Pendulum Music/Piano Phase/Four Organs |
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Steve Reich & Ensemble Avant Garde
Wergo Germany 1999-05-11 |
Piano Phase 楽曲分析
音型、ダイアトニック集合によるハーモニー

スティーブライヒやフィリップグラスらミニマリストの音楽では、しばしばストラヴィンスキーのように非古典的、非機能的にダイアトニック集合のトーンシステムが利用されます。
ライヒのpiano phaseでも[B, C#, D, E, F#](11,1,2,4,6)のペンタコードによるピッチクラス集合が採用され、その中で共和音、不協和音が緻密に入り組み、楽曲が構築されています。
音型を分析すると(1,6)のダイアド、(2,4,11)のトライコードの2つのグループに集合を分類することができ、それらのピッチクラスセットは右手で(1,6)、左手で(2,4,11)を担当し、互い違いにそれぞれの集合から一音を選び演奏されます。
この(11,1,2,4,6)という集合から生み出される音型は調性音楽の特徴とも言えるダイアトニック集合(1,2,4,6,7,9,11)のサブセットですが、トーナルセンターはEともBとも判別することはできず、モードはE-DorianともB-Aeolianか判断することはできません。一種のパンダイアトニックと見なすこともできるでしょう。
協和音程、不協和音程
Piano Phaseのピッチクラス集合の変遷にはマクロ的に見ると特徴的な動きがあります。
まず、冒頭のユニゾンの縦のピッチクラス集合を見ると、当然同一のフレーズを演奏しているため集合はモナッド(monad)となり横の集合はダイアトニック集合、縦の音程はユニゾンです。

次に、リズムがフェイジングし丁度16分音符分2台のピアノでずれが生じている時間帯での音程関係を見てみましょう。
縦の集合をピッチクラスで分析すると1拍目から順に(1,4)(4,6)(5,11)(1,11)(1,2)(2,6)(4,6)(1,4)(1,11)(6,11)(2,6)(1,2)となっており、ほとんどのダイアド(dyad)が中世から調性音楽の時代までで言う不協和音程となっています。この時間帯は一種のドミナントのような不安定な音響が生み出されるクラスと見なすことができます。
今度は更に16分音符分片方の声部のリズムが遅れた状態のを見てみましょう。
6/8拍子の前半6個分の音型と後半6個分の音型が全く同一のフレーズの繰り返しになっています。ピッチクラス集合は(2,4)(1,6)(4,11)(1,6)(2,11)(1,6)(2,4)(1,6)(4,11)(1,6)(2,11)(1,6)となっており、ほとんどのダイアドは一般的に協和音程と呼ばれる音程/ダイアドが出現しています。
これは一種のトニックのような安定した音響が生み出されるクラスと解釈することができるでしょう。
横の流れだけでは転調やトランスポジションすら含まない単なるダイアトニック集合のサブセットにしか見えないスケールも、内部の縦のピッチクラスの関係をダイナミックにシフティングさせていくことで様々な響きの変遷をシームレスに見せていることがわかると思います。
あるときは不協和な、またあるときは協和な響きが出現し音楽に必要不可欠である緊張と弛緩を生み出している点は、作曲家ライヒの綿密な計算によって生み出された音型に仕掛けがあります。
単にダイアトニック集合を利用し、ランダムに音を並べただけではこのような音楽的展開を作り出すことは不可能です。単旋律でありながらポリフォニックに、そしてある部分ではホモフォニックにピッチクラス集合を操るにはそれ相応の訓練が必要であり、ライヒとその他大勢のミニマリストとの差を感じる部分でしょう。
Piano Phase by max/msp
tempo

前述のピッチクラス集合の選定以外にはこのアルゴリズムではテンポが最も重要なポイントになります。画像では少しわかりにくいですが、1つのピアノのテンポは143に設定され[tempo]オブジェクトの第二インレットに接続されています。もう一方のピアノのテンポは142.6425に設定されています。これは[numbers]オブジェクトに[* ]オブジェクトを接続し、数値を自動計算しています。
テンポは必要に応じてこの部分の0.9975という数値を変えてみてください。不協和なクラスと協和なクラスの集合の移り変わりのペースが変わります。
音を聞きながらテンポを調整してしまう人間の演奏とは異なり、かなり理論に忠実なフェイジングを行うことが可能です。このような音楽を打ち込みで作るのは大変ですが、max/mspを使えばかなりシンプルなパッチで実現可能です。
[tempo]オブジェクトは指定されたテンポのリズムで、0から11までの数値を生成します。これをcollオブジェクトで受信し、midiノートナンバーに変換しています。変換される数値はPiano Phaseで採用されているモノフォニックな音型です。
これはpiano.txtというファイルに記述されていますが、このファイルはmaxの実行ファイルと同じディレクトリーもしくはmaxファイルパスが通っているディレクトリーに置く必要があります。これだけでphaseのアルゴリズムは完成です。
アルゴリズムに関しても最小限の構造であるにも関わらず、これだけの多くの音響のバリエーションを生み出すことが可能であり、この発見は音楽界では非常に革命的であったと言えるでしょう。
映像のサンプル
音源、Max/MSPパッチのダウンロード
Midi
Patch
pianophase.pat (for Max4.x)
pianophase.mxf.zip (for Max5.x)
piano.txt (for coll object)
max5Runtime(上記のプログラムの実行用フリーソフトウェア for Mac)
max5Runtime(上記のプログラムの実行用フリーソフトウェア for win)