スクラッチングサウンドはアナログのレコードを擦ることで得られる音響で、DJミキサーのクロスフェーダーでアンプリチュードエンヴェロープをコントロールする技法です。
主にヒップホップ系のDJが多用する奏法ですが、ハウスDJなどもスクラッチを使用することがあり、近年はターンテーブリストというスクラッチを専門にするプレイヤーも出現しています。
これらの奏法は主に最小限の機材(アナログターンテーブル2台・ミキサー1台)で行われますが、CDJ・エフェクター・サンプラーなど数々の機材を駆使して行うことが多くなってきています。今回はこのスクラッチの音をMidiコントローラーとMax/MSPを利用して再現するパッチになります。
スクラッチの歴史
スクラッチの歴史は1970年代のニューヨークに遡ります。当時のニューヨークにはGrand Wizard Theodore やGrandmaster Flashなど初期のオールドスクールヒップホップの発生に関わったミュージシャンが集まっていました。
1983年には最も古いスクラッチを収録した音源がリリースされています。Bill Laswellがプロデュースした作品の中で、DJのGrand Mixer DXTはHerbie HancockのヒットソングRockitをスクラッチするという大胆な発想を形にしました。
スクラッチがメインストリームの音楽のアプローチとして注目を浴びたのは、1987年にリリースされたM/A/R/R/Sの"Pump Up The Volume"がきっかけです。
デジタルスクラッチ
近年はソフトウェアや、CDを利用してスクラッチを行う例も珍しくはありません。現在ありとあらゆるメーカーからスクラッチのためのCDJが発売されていますが、この火付け役はパイオニアのCDJ-1000というCDJです。
これは中央の円盤状のインターフェイスを擦ることでアナログレコードのスクラッチのような音を発生させる機械です。
同時に円心部分には液晶で再生位置が回転しており、レコードを見ながら音源の再生位置をある程度確かめていたのと同様の操作性を確保できます。このメータがある場合とない場合では操作性は大きく異なります。
ソフトウェアスクラッチ
CDJなどのハードウェアだけでなく、アナログのターンテーブルとソフトウェアの組み合わせでスクラッチを利用可能な例もあります。古くはMs.PinkyというMSPのオーディオシグナルを利用して特殊なレコードを再生することで、PC上のサウンドファイルをスクラッチする拡張がありましたが、現在最も広く使われているソフトの一つがNative Instruments社のTRAKTORです。
TRAKTOR SCRATCH PROは、最高級のデジタル・ヴァイナル・システムです。ヴァイナル・デッキやCDデッキで、デジタル・トラック・コレクションのスピンや操作が可能です。
TRAKTOR SCRATCH PROには、新発売のTRAKTOR PROソフトウェアがセットになっています。プレイバック・デッキ4台、高度なDJエフェクト20個、クラブ向けに最適化されたユーザー・インターフェイスを装備しています。
スクラッチに使われる音ネタ
スクラッチに使える音はレコードに録音されている全ての音響素材であるため、事実上無限に存在しますが、よく使われる定番のネタが以下にあげられるものです。
- ドラムのビート
- ホーンの単発音
- ナレーションや会話の録音素材
- 旋律やベースライン
- バスドラム
- 効果音
- 正弦波のロングトーン
スクラッチの技法
スクラッチはただ単にレコードを擦るだけではなく、ミキサーのクロスフェーダーを組み合せることで驚くほど多様な音響を生み出すことが可能です。ミキサーは音量のコントロールというよりも音を出す(open)か出さない(close)かの選択を行うイメージでフェーダーのカーブは急激な特性に設定されている場合がほとんどです。
Baby scratch
最も基本的なスクラッチであり、フェーダーのポジションはオープンにした状態でレコードを擦ります。
Chirp scratch
フェーダーをオープンにし、レコードを前に進めると同時にフェーダーをクローズ、レコードを戻す時にフェーダーを再びオープンにする技法です。ベイビーよりも歯切れのよい音になります。
Transformer scratch
フェーダーをクローズの状態でレコードを擦り始め、フェーダーは小刻みに軽く押すように扱い、急激にオープンとクローズを切り替えることで複雑なリズムを生み出します。
その他ここでは紹介しきれないほど様々な技法が日々開拓されているので詳細はDJ関連の書籍や雑誌、youtubeをご参照ください。
Max/MSPスクラッチパッチ
Max/MSPでこのスクラッチサウンドを再現する最も簡単な方法はtapin~とtapout~を利用する方法です。Maxで一時的に音を記録し、2次利用する場合はtapinオブジェクトを利用し、あらかじめRAMが確保する容量を設定しますが、tapout~のディレイタイムの値はリアルタイムに変更することが可能です。
ここでポイントになるのはline~オブジェクトを利用し、値と値のインターポレーションを行うことです。これにより不連続な値の変化をなだらかにし、デジタルのエイリアスノイズの発生を防ぐことが可能になります。
Maxの場合、lineオブジェクトに2つの数値から成るリストを送ると、[(数値) (補完までの時間)]として解釈されます。
例えば200 500というリストを送った場合、500msかけて200という値に連続的に変化させるという意味を持ちます。
この連続的なディレイタイムの値の変化はピッチを変化させるため、これを利用しスクラッチ音のシミュレートを行っています。
パッチではmidiコントローラを接続すればどの機種のどのつまみをいじっても同様に、ディレイタイムを可変させることができる仕組みになっているため、ご自分のmidiコントローラを接続し、どこかのつまみを動かしてみてください。
このパッチはあくまで擦りのシミュレートであるため、クロスフェーダー操作まではシミュレートしていません。フェーダー操作も含めて、このパッチを元にデジタル表現でしか再現できないような、全く新しいスクラッチのパッチを開拓することに挑戦してみてください。どのようなフィジカルコントローラが適しているのか、それは各自のプレイスタイルによって異なってくるでしょう。
ダウンロード
scratchMachine.maxpat (… for Max5)
max5Runtime(上記のプログラムの実行用フリーソフトウェア for Mac)
max5Runtime(上記のプログラムの実行用フリーソフトウェア for win)
youtube