Tintinnabuli / ティンティナブリとは
Tintinnabuli / ティンティナブリとはラテン語で鐘を意味する言葉です。これはエストニアの作曲家、Arvo Pärtが作り出した作曲様式であり、Für Alina (1976) とSpiegel Im Spiegel (1978)という作品で最初に使用しました。
Arvo Pärt
Arvo Part (Oxford Studies of Composers) Paul Hillier Oxford Univ Pr on Demand 1997-06-01 |
Arvo Pärtは1935年生まれのエストニアのクラシック音楽、特にミニマリストと称されるスタイルの作曲家です。ペルトが若い頃のエストニアはソビエト連邦の勢力下にあり、音楽に関しても非合法のテープなど意外でソビエト国外の作品に触れる事は難しい時代でした。
活動初期は無調音楽やセリーなどの作品を書いていましたが、ソビエトの環境でそのような音楽を作りつづけることは難しく、次第に西洋音楽の原点である14から16世紀の宗教音楽に傾倒していくことになります。
調性音楽の再定義
調性音楽とはトニック、ドミナントの機能和声による緊張と弛緩によって音楽が構成されていますが、ペルトが作曲を通じて目指しているものは調性の再定義です。
tintinnabuli様式は縦と横の音の並び、すなわちメロディーとハーモニーに関するシンプルな規則から構成されています。ペルトはメロディーとハーモニーはそれぞれダイアトニックスケール(ピアノの白鍵の音階)と三和音のアルペジオの混合だと考えましたが、調性は古典派、ロマン派の時代の機能和声からは離れたものを再定義しようと試みました。
調性の時代のスケールは長調と短調の2種類が使われ、転調によってトーナルセンターを変える事でドラマティックに音楽を展開していたのに対して、調性以前のモーダル音楽はスケール自体長調短調以外のものも用いられ、メロディーやハーモニーは三和音に基づくものではなく4度、5度、1度の音程を強調するものでした。
Tintinnabuli様式の作曲法
tintinnabuli様式は2声の一音対一音のハーモニーから成ります。それぞれの声部はメロディーの声部(M-Voice)、ティンティナブリの声部(T-Voice)と呼ばれ、メロディーの声部は中心音(主音である必要はない)から順次進行で進行するものと中心音へ順次進行で到達するものに分けられます。4つのM-Voiceはランダムに接続されるわけではなく、それぞれ重みを付けて1と2は接続される傾向が強いなどの特徴があります。メロディーは自由に作られる事は稀で、上記のような非常に厳格なルールに基づいて作曲されます。
4つのM-voice
これに対してT-Voiceの声部は主三和音の根音、第三音、第五音のどれかの音が常に伴奏される形になります。時には声部交差することもありますが、主和音のアルペジオの役割を果たしています。T-Voiceは交互に交差する例、常に下声部を担当する例、常に上声部を担当する例などがあり、それらの組み合わせの違いが音響の変化となって表れます。
T-Voiceのアルペジオ
この2声の組み合わせが、主和音とダイアトニックスケールを強調する役割を果たしています。
Max/MSPによるアルゴリズミックコンポジション
これらの作曲規則を踏まえて、アルゴリズムを構築し、tintinnabuli様式に基づいた音楽を自動生成するプログラムが以下の映像のものです。
Solfeggio (1964)
ペルトの1964年のSolfeggioという作品をモデル化し、Max/MSPに同じ様式で音楽を自動生成させた例が以下の映像です。実際のペルトの楽曲とは音の並びは異なりますが、ほぼ同じ音楽を聞いているように聞こえるかと思われます。
これは我々の認知の限界を考える上で重要なアプローチです。人間は、音楽を聴いているのか、それとも内在するアルゴリズムを見つけ出し、それを脳内にスキーマとして書き込みながらその規則に照らし合わせるように音楽を聞いているのか。
この作品とペルトのSolfeggioの区別がつかないかたは、実際に音符を一音一音追いかけて音楽を理解しているわけではないことが予想されます。
Arvo Pärt: Summa | |
Arvo Part
Virgin 2002-10-25 |