White Noise (ホワイトノイズ)とは
ホワイトノイズとは一般に不規則に上下に振動する波動のことを指します。このホワイトノイズはフーリエ変換を行うと、すべての周波数で同じエネルギーを持つ点が特徴です。「ホワイト」とは、すべての周波数を含んだ光が白色であることからその名前がつけられています。音声におけるホワイトノイズはザーという耳障りな音響で、テレビを中途半端なチャンネルに合わせると聞こえるあの音です。
今回はこのホワイトノイズを使って音楽、音響を組み立てて行く方法をMax/MSPを通じて行います。このホワイトノイズを用いて電子音楽を作っていく技法は、1960年代の湯浅譲二の作品に見ることができます。
ホワイトノイズの音声ファイル
http://upload.wikimedia.org/wikipedia/commons/a/aa/White_noise.ogg
湯浅譲二 (Joji Yuasa)
湯浅 譲二(ゆあさ じょうじ、1929年8月12日 – )は、慶應義塾大学医学部出身の日本の現代音楽の作曲家で、1950年代に芸術家グループ・実験工房で、武満徹らと共に作品発表を行い、電子音楽や自作を含む現代音楽の演奏会の製作にかかわりました。
アルノルト・シェーンベルクの「月に憑かれたピエロ」、オリヴィエ・メシアンの「前奏曲集」、「世の終わりのための四重奏曲」、「アーメンの幻影」などの日本初演も手がけています。特にメシアン作品の研究は実験工房の音楽関係メンバーに大きな影響を与えていました。
1953年にはソニーの前身である東京通信工業から開発されたばかりのテープレコーダー一式を借りてきて、スライド写真の映像も伴うミュージックコンクレート作品を発表しています。1956年にはテープ音楽のオーディションを主催しました。当初はアカデミズムの人間からは批判的な目で見られていたそうですが、活動を10年続けた頃にはNHKからもようやく認められ電子音楽スタジオでの仕事が始まりました。
また、1981年から94年までアメリカに渡り、カリフォルニア大学サンディエゴ校にて教鞭を揮っています。当時のサンディエゴは作曲の中でも最先端のことをやっている学校で、同時期に教鞭を揮っていた作曲家にはブライアンファーニホウなどがいます。日本での活動当初のように、非アカデミズムの出身者が作曲の仕事に携わることに障害はなかったか、本人に尋ねる機会があったので直接伺ったところアメリカではそのようなことはなかったそうです。ただ、先端の作曲を追求していた学校とはいえ、アカデミズムという場所はどうしても保守的な力が働くので、そういった面での摩擦はあったそうです。
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湯浅譲二:ピアノ作曲集/テープ音楽集 高橋悠治 コロムビアミュージックエンタテインメント 2009-12-23 |
湯浅譲二が一貫して考えていた音楽とは「音響エネルギーの時間的推移」です。
近代以降の西洋音楽には音色というファクターが非常に大きなポジションを占めるようになり、古典派のように編成、楽器を変えても成立する音楽ではなくなり、その楽器、そのメディアでしかできない音楽を追求することが求められていると彼は考え、作曲を行っていました。
また、当時主流だったサイン波を使った作曲にも彼は否定的であり、我々は有史以来純音という音を一度も聞いたことが無く、通常の楽音には基本周波数周辺の周波数がクラスター状に連なっていることに着目し、全ての周波数スペクトルを含むホワイトノイズを中心周波数と帯域を制御するフィルターで削ることでより自然な音を抽出することが可能になると考え、ホワイトノイズをモチーフにした作品をいくつか作曲しました。
また、アナログからデジタルに制作環境が移行した際には、テープでできなかったことをコンピュータで行うということに従事し、アナログ時代は不可能であった音響素材のピッチとテンポを独立してコントロールすることに革新性を見出しました。
今回Max/MSPでの実装を解説する手法は1960年代に彼が行っていた技法を元に現代的なテクノロジーを応用し作り替えたものです。アナログ電子音楽の当初、「ホワイトノイズのためのイコン」の制作にはミキサーのオートメーション制御のための簡単なコンピュータプログラムを書いたり、テープに録音した1/3オクターブフィルターがかかったホワイトノイズの再生速度を変え、更にフィルターを書けることでフィルターの特性を鋭くさせたり、毎日朝四時までNHKのスタジオで作業をすることが5か月ほど続いたそうですが、今回のプログラムを用いれば当時の技術的制約を乗り越え、短時間に目的の音響を生成することが可能になるでしょう。
Max/MSP FFTリシンセを用いたホワイトノイズの変形
今回のパッチの大まかな概要を説明すると、まず音源としてのホワイトノイズを生成し、それをFFT分析します。上の二つのグラフはFFTbinがそれぞれ描けるようになっており、pfftオブジェクト内部の計算でグラフとホワイトノイズのクロス合成を行い、グラフにも音源にも含まれていない周波数の音響は再合成(リシンセ)しないという原理になっています。
つまりグラフを描くことでリアルタイム作曲を行うパッチになっています。
前述のとおり、ホワイトノイズとは全ての周波数を均一に含む波動です。このパッチではクロス合成とはいえ、一方の音響には全ての周波数が含まれているため、実質グラフに描いた周波数のスペクトルをサイン波の集合として再合成することが可能です。
これは1024バンドのグラフィックイコライザーのような働きをするFFTフィルターであるため、グラフのすべての値を最大値にすることで元のホワイトノイズを再現することが可能ですが、極端な特性を持つカーブを描き、フィルタリングした音を聞くことも可能です。
ホワイトノイズの音源としてはnoise~オブジェクトではなくsfplay~オブジェクトでサウンドファイルを利用していますが、これはその他の音響合成言語で生成した様々なノイズ素材をオーディオファイルとして利用できることを見越しての配置です。自分でノイズのオーディオファイルをお持ちでない場合はnoise~に書き換えて使用してください。
pfftオブジェクト
pfftオブジェクトはmaxに置けるFFT分析を行う際に便利なサブパッチオブジェクトで、WindowingとOverlappingに関する設定をfft~オブジェクト、ifft~オブジェクトを用いなくても行えるもので、アーギュメントに[pfft~ サブパッチ名 FFTサイズ オーバラップ数]を記述すればそれどおりにFFT処理を実行してくれるオブジェクトです。
このパッチではhanning windowを採用し、FFTサイズは2048サンプル、オーバーラップは2つです。ナイキストの定理によって、FFTの計算結果のリストは半分まで利用することが可能なので、1024個のFFTbinを持つことが可能です。
例えばデジタルオーディオのサンプリングレートが44.1KHzだとしたら、44100 / 1024 = 43.06640625となりおおよそ43HzごとにFFTbinが置かれることになります。1024個のFFTbinすべてはリアルタイムにグラフに描くことでパワースペクトルを操作することが可能です。
代表的窓関数
音楽においてFFT分析を行う際に必ずといっていいほど必要なのが窓関数です。これは各FFTウィンドウ同士をつなぎ合わせる際の波形の両端のフェーディング処理であり、波形の不連続からくる不自然なポップノイズを防ぐためのものです。以下がMax/MSPにおける代表的な窓関数です。
- hanning … hannは人名由来だが、慣習的に小文字で書く。フォンハン窓 (von Hann window)、2乗余弦窓、raised cosine windowとも。ユリウス・フォン・ハンが考案した。ハミング窓との連想から「ハニング窓」と呼ばれる例がある。
最もよく使われる窓関数の一つ。
- hamming … hammingは人名だが、慣習的に小文字で書く。ハニング窓の改良版として、リチャード・ハミングが考案した。
ハン窓と並び、最もよく使われる窓関数の一つ。ハン窓より周波数分解能が良く、ダイナミック・レンジが狭い。区間の両端で不連続なのが特徴。
- triangle … Bartlett window。三角窓 (triangular window) とも呼ばれる。
工学系の教科書には必ず出てくるが、実際に使うことは少ない。
- square … 方形窓とも呼ばれる。
単に有限長のデータを用意しただけのとき、暗黙のうちにこの窓関数を使っている。理論上、周波数分解能は最も良い。
- blackman … Blackman window。ラルフ・ブラックマンが考案した。ハン窓/ハミング窓より、周波数分解能が悪く、ダイナミック・レンジが広い。この種のフィルタの中では、最もよく使われる。
buffer~オブジェクトのモーフィング
ここからは応用です。
周波数分布のためのグラフをモーフィングするための技法を紹介します。複数の棒グラフのモーフィングのためにはjavaを利用します。このモーフィングを実現するためにはエマニュエルジョルダン氏が開発をしているmxjオブジェクトej.linterpというオブジェクトを利用いたしました。他にも方法はあると思いますが、私が知る限りではこれを利用してバッファーを書き込むのが一番楽です。
このmxjオブジェクトは2つのインレットに入力したグラフを0から1.0のfloatの数値を使ってモーフィングし、リアルタイムにbufferオブジェクトに結果を書き出してくれる便利なオブジェクトです。最終的な音響はspectroscope~オブジェクトで確認することができますが、バッファーに描かれた分布を忠実にリシンセできることが確認できると思います。
ejiesというエクスターナルオブジェクト集は他にもOpenmusicに似たような演算を行うものなど作曲家に便利なオブジェクトも満載ですので、Maxユーザー必須のオブジェクトであると思われます。このパッチを利用される方はあらかじめインストールが必要となります。
オブジェクトのダウンロード
e–j.com
http://www.e–j.com/sphpblog/index.php
このパッチを用いたデモ映像
Patch
joji2.mxf (for Max5.x)
max5Runtime(上記のMaxパッチの実行用フリーソフトウェア for Mac)
max5Runtime(上記のMaxパッチの実行用フリーソフトウェア for win)
このMaxパッチにおけるモノフォニーの問題点
現状のパッチは音響として利用することはできても、音楽作品として利用するのは非常に難しいと思われます。理由は一つのマウスでグラフを描くという性質上モノフォニックな動機しか作ることができず、複数のイベントが同時に発生している実際の多くの西洋音楽とは異なる性質です。単旋律聖歌などモノフォニーの芸術が存在することは確かです。ただし、多くの音楽はポリフォニック、ホモフォニックにイベントが進行します。
もちろん、モノフォニーが音楽的でないというわけではありません。ただし、モノフォニーを音楽的に聞かせるためには反復、形式、終止音、歌詞との関係などさまざまな点での工夫が必要であり、リアルタイムに即興的にこれらを脳内で処理するのはかなり難しいと思われます。その点をふまえて、ポリフォニックにイベントを自動制御するパッチを改良するもよし、インターフェイスを工夫してフィジカルコントローラなどを導入し複数のイベントを同時に処理することができるようにするのもよし。これをどのように改良し使用すれば音楽的になるかという疑問は作曲家、音楽家の書法よって異なるものであり、腕の見せ所と言えるでしょう。
参考文献/音源
OHM+: The Early Music Gurus of Electronic Music – 1948-1980 [3CD+DVD]
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Maryanne Amacher
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Computer Music: Synthesis, Composition, and Performance
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Science of Sound, The (3rd Edition)
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音響、音響心理学の教科書として広く利用されている。 |
コンピュータ音楽―歴史・テクノロジー・アート
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2061:Maxオデッセイ―音楽と映像をダイナミックに創造する!最高の開発環境を徹底解説
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IAMASの赤松氏が書かれたMax/MSPに関する書籍。扱われているパッチはライブラリとしてウェブからダウンロードすることも可能なので、ちょっとした辞書のようにも利用することが可能。Maxのみならず、デジタルオーディオやFFTの基礎理論についても音楽家にわかりやすいような説明がある。このような書籍はなかなか日本語でお目にかかれることがないので、貴重な一冊。 |
テクノ/ロジカル/音楽論―シュトックハウゼンから音響派まで
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