もはやDAW環境以外での音楽制作の選択肢は無いようなこの時代に、DAW操作に特化した鍵盤はNATIVE INSTRUMENTSからArturia、NOVATIONなど様々なメーカーから出ていますが、どうも感覚的にこれらのDAWのコントロール用鍵盤がしっくりこない問題。
道具として全然普通に困ることはないしUSB- MIDI鍵盤も素晴らしいDTM機材(DTMは和製英語だけど日本人には伝わりやすい用語なのですみません)だと思うのですが、0から1を生み出す発想力だけを武器に仕事をしている自分にとって、何かこの、楽器から心臓を引っこ抜いたような鍵盤コントローラーで音楽を考えるという状態自体が、何か精神的に満たされない感じがありました。単純に気持ちが全然入らないというか、用もないのに触りたくなる鍵盤ではなくて、楽器というより業務効率化ツールとしての道具とずっと向き合ってるのは気持ちが良くないなと。そもそも職業作曲家ではない自分にとっての音楽ってそういう関わり方ではないので。
これはいっそ、MIDIコントローラーっぽい業務用鍵盤ツールで作業するよりも単体の楽器としてDAW時代でもソフトシンセには出せない音が出せたり、個性を放つような一台を作業用キーボードとして設置したほうが、作業の合理性をとっぱらってでも、愛情をかけて音と遊べそうですし、音楽家の日常の過ごし方としてはいいのではないかと思いリサーチを開始。
https://twitter.com/Akihik0MA/status/1285897544447361025?s=20
まず第一候補に上がったのが、Rolandの定番アナログヴィンテージシンセのJUNO-106。MIDIアウトが付いているので、USBは無くともMIDIインターフェイスを介してDAWのコントローラーとして使えるので、便利なアナログシンセ兼MIDIキーボードとして価格としてもさほど高騰していないので使えるかなと。
JUNO106はもう誰もが使う古典的な音が出せてアナログで修理されて長く使われ続けているある意味安定のシンセで、様々なメーカーがソフトウェアとしてモデリングしてリリースしていると思いますし、ハードとして、楽器として、実機を持っているメリットは割と大きいと思い考えたのですが、マニュアルをしっかりチェックしていたらベロシティーが64固定であることを発見!
http://lib.roland.co.jp/support/jp/manuals/res/1810160/JUNO-106_J.PDF
さすがに64固定だとメリハリをつけたリアルタイム入力ができないので、現代のMIDIキーボードと比べると劣ってしまう面があるかと思い、断念。再びDTMキーボード難民に。
そして改めて条件を整理してリサーチ。
- アナログシンセであること
- MIDIアウトが付いていること
- 直線的で近未来的なデザインであること
- 黒系カラーではないシンセサイザー
- 61鍵
- 鍵盤のタッチ感が劣悪でないこと
- 故障しやすい欠陥がないこと
これらを加味して機種を絞った結果、JX-8Pにたどり着きました。JX-8Pはローランド三木純一社長(2015年)の話によると長野のベンチャーチームが1985年に開発した、本社の本流とは違うチームによるベンチャーで意欲的なプロダクトらしいです。
-浅倉大介氏×ローランド三木社長 トークセッション 「~Synthesizer Now and Future~」-
その気概あるストーリー性も面白いですし、JX-8Pは様々なスペックが理想的であったことがわかりました。
http://lib.roland.co.jp/support/jp/manuals/res/1809970/JX-8P_j.pdf
- ローランド最後の時期のアナログシンセである
- 6音ポリで12オシレーター
- MIDIアウトはアフタータッチもベロシティーも搭載
- PG800という専用コントローラーを使うと大量のスライダーで素早く音作り可能
- デジタルシンセが登場してる状況で販売されたアナログシンセ
- 不人気な楽器だが評判は抜群に良い
- プレイヤーシンセとして開発されているからキーボードのタッチ感は現代のコストダウンしきったMIDIキーボードより演奏性が考慮され若干しっかり作られてる
- 鍵盤:61鍵
- 同時発音数:6音
- オシレーター:1ノート2DCO(12DCO)
- メモリー:プリセット61音色、ユーザー・メモリー32音色
メモリー・カートリッジ32音色 - エディット:48パラメーター
- パネルスイッチ:トーン・セレクト(1-32)、
バンク・セレクト(プリセット、メモリー、カートリッジ)パッチ・チェイン
キー・モード(ポリ、ユニゾン、ソロ)、
アフター・タッチ(ビブラート、ブリリアンス、ボリューム)
エディット(パラメーター、ネーム、MIDI、マスターチューン)
コピー(カードリッジ-メモリー、メモリー-カードリッジ)、ライト - コントロール&スイッチ:ピッチベンダー/LFOレバー、ベンド・レンジ・セレクト
ポルタメント・タイム、、ポルタメント(オン/オフ)、エディット
アフター・タッチ、ボリューム - ディスプレイ:16桁蛍光表示ディスプレイ
- リア・パネル:アウトプット・ジャック×2(ステレオ/モノ標準ジャック、5kΩ)
アウトプット・レベル・スイッチ(H/M/L)、
ヘッドホン・ジャック(8Ω、ステレオ)、ホールド・ペダル・ジャック(DP-2)
MIDIコネクター×3(IN、OUT、THRU、5P-DIN)、
プログラマー・コネクター(5P-DIN)、プロテクトスイッチ、電源スイッチ - 外形寸法:997(W)×375(D)×92(H)
- 重量:11.5kg
- 消費電力:25W
優勝。即購入です。
DAWとの接続にはQuicco Sound のmi.1を使ってワイヤレス接続。USBが付いてないからといっていまどきMIDIケーブルとかは使うのは気持ち悪いので電源不要の超小型Bluetooth MIDIデバイスでワイヤレスでMacbookかiPadに飛ばして使ってます。レイテンシー感皆無。このワイヤレスMIDIデバイス、昨今の電源部を省略してしまったMIDI機器には使えないことも珍しくないのですが、初期のMIDIであるJX-8Pはしっかり規格をまもっているのでMIDI端子からの給電でワイヤレス送信が可能です。
http://quicco.co.jp/ja/products/
JX-8PをSerumで似たパラメータにして音色比較してみました。デジタルシンセと違ってアナログシンセはいたるところが揺れます。Ableton Live上のスペクトラムを見ても揺れ方がわかると思います。両方ともディチューンしたノコギリ波にコーラスをかけているシンプルな状態なのですが、音はいろいろ工夫しても全然同じにできません。アナログのほうは雑味がある音が混じってるというかスペクトル見る限りでもSerumのほうは余計な周波数成分は一切出てないけどアナログのJX-8Pはなんか色々混じってる感じがあります。
このアナログシンセ感はソフトでは再現できなかったです。Serumだけでなく、Roland CloudのJX-8Pのソフトでも比較しました。アナログのアンプリチュードエンベロープの変化の柔らかさがかなり違うことを再認識しましました。ローランドが渾身の開発をしたであろうコーラスのエフェクトの効果も結構他社はシミュレーションしきれない部分かもしれません。コーラスの音が他社と劇的に違うという印象はあります。
そもそもアナログシンセは経年変化によって個体差が強調されていったりするので、ソフトと同じという状態はありえないのかもしれません。JX-8Pは汎用性が高くてソフトシンセとも違うからコンピューターが主体になる時代でも一生大切にしたいと思えるシンセです。これはJX-8P1台のみを使って作られた音楽です。
サウンド的にはMoogのような定番アナログシンセ系の質感と全然違って、むしろ80年代シティーポップやVaporwave、Synthwave系の今なら逆に新しい感じの音が簡単に出せるシンセです。6音ポリフォニックのアナログなのでパッド系は特にVapor感すごくあります。12DCOなのでモノフォニックしにてReese Bassも抜群に美しい音が簡単に作れます。
チューニングとピッチだけはデジタルで安定させるDCOというローランドの方式のためとても使いやすいです。モジュラーシンセ使っていこう常々自分の音楽ではオシレーターはデジタル、フィルターはアナログが一番いい組み合わせだと感じていたのですが、JX-8Pは85年にしてその構成になってます。
https://twitter.com/akihiko_japan/status/1434841305532694530?s=20
ちなみに、Rolane Cloudから発売されているJX-8Pのソフトウェア版も試してみましたがかなり音は違います。似た音を作るのはどうパラメータをいじっても難しそうでした。
ちなみにアナログシンセなので改造キットもあったりします。
KIWI-8P (https://www.kiwitechnics.com/kiwi-8p.htm)
The Kiwi-8P Upgrade features:-
- 512 Tones can be stored and edited. It is also possible to temporarily edit any Tone
- Tones are stored in Flash memory so no battery is required.
- MidiCC & Sysex support for all parameters and Midi Sysex support for Tone Dump & Load
- PG-800 Support for Control of Parameters
- Patch Editor supportKey Assign Modes are Poly Single, Poly Dual, Poly Triple, Unison & Solo
- Each Key Assign mode can have Rotate/Reassign, Staccato/Legato, Steal/No Steal with five steal modes (Highest, Lowest, Oldest, Newest, Quietest)
- Portamento in all modes
- DCO Key Assign Detune available in all key modes except Solo. In addition there is a ‘Analog Feel’ parameter that add an adjustable small random frequency to each note. Detune is best used with Poly Dual, Poly Triple or Unison keying modes for greatest effect
- Three independent envelope generators. These are traditional ADSR type and are modeled on the Original JX-8P. Each ENV Mod can select from ENV 1 – 3 and has an Inverted or Normal modes. These are faster than the traditional JX-8P envelopes
- Three independent Low Frequency Oscillators with 6 waveforms each. Each LFO Mod can select from LFO 1-3. LFOs can be plus and minus base note or plus base note only.
- Aftertouch scaling option to help with the failing 8P aftertouch strip.
- Key transpose allows transposition to any key with a range of plus 2 or minus 1 octaves. Sequencer key can be shifted while playing
- Internal Master Clock with the range 5-299 BPM. The master clock can be sourced from midi or internal.
- Full Matrix mod system that can channel any mod source to any destination. The matrix mod control parameter can itself be modified from various sources making the matrix very powerful
- A quality Front Panel Overlay is provided with the Kiwi-8P upgrade. This fixes the common 8P problem of broken switch membranes.
CHORD MODE
- Any chord with up to 6 notes can be set and played from any key
ARPEGGIATOR
- The Arpeggiator is clocked from the Master Clock and can be independently divided to Half Note, Quarter Note, 1/8 Note, 1/8 Note Half Swing, 1/8 Note Full Swing, 1/8 Note Triplets, 1/16 Note, 1/16 Note Half Swing, 1/16 Note Full Swing, 1/16 Note Triplets, 1/32 Note, 1/32 Note Triplets, 1/64 Note.
- Arp modes are Up, Down, Up and Down, Random, As Played, 1, 2, 3 or 4 octaves
- Arp can be Started, Stopped & Continued using Midi Commands
- Appeggiator will Output Midi Data
SEQUENCER
- 8 separate 124 Max step Polyphonic sequences can be created and stored
- Sequences can be edited
- The Sequencer is clocked from the Master Clock and can be independently divided to Half Note, Quarter Note, 1/8 Note, 1/8 Note Half Swing, 1/8 Note Full Swing, 1/8 Note Triplets, 1/16 Note, 1/16 Note Half Swing, 1/16 Note Full Swing, 1/16 Note Triplets, 1/32 Note, 1/32 Note Triplets, 1/64 Note.
- Sequencer will Output Midi Data
- Sequencer has play options that include One shot, Keydown play, Auto Transpose, Auto Complete
ドラム以外一台のJX-8Pを徹底的に使い倒した即興音楽を録画してみました。一台のJX-8Pでベースとリードを別々に取り出してミックスするために、FFT Filterを開発し、オーディオ信号を帯域でアイソレーションしてベースの帯域だけドライに出力し、リードの帯域だけディレイとリバーブをかけてます。1985年には存在しなかったDubstep、Grime、Waveなどの音楽ジャンルを一周した即興ビートメイキングです。
JX-8Pから採取した波形を元にSerum Preset Packも制作いたしました。JX-8Pの特色を生かしつつ、Serum上で実機では出来ないシンセシスまで到達させたSynthwave系の音色プリセットになります。詳しくはデモ動画をご覧ください。
2021年に突如としてRoland BoutiqueからJX-08が登場し、往年のJX-8Pサウンドがデジタルで再現されております。こちらは同時発音がどうも20音程度あるそうなので、実機とは違ったJX-8P系サウンドがより便利に使えそうです。