某レーベルからリリースする音楽を作っていて、レコーディング段階に入っているのですが、電子音楽にも関わらずけっこう僕はトラック数を重ねる(平均50トラック)関係でぐちゃぐちゃにならないようにするためのミックスが大変で、場合によっては録音からやり直したりもするのですが
C.F.Martinのアコースティックギター000-15Sで録音したものがわりとドンシャリなせいか、シンセやエレキギターを加工した電子音響と音域が被ってしまって
EQで持ってくにも限度があったので、いっそガットギターで録音し直そうということになり
入手したC.F.Martinの3-17です。
3-17なんてラインナップは聴いたことがないと思います。
それもそのはず、50年以上前にSize3は絶滅してます。
Martinは伝統的にサイズースタイルという形式で型番が統一されています。
このギターはサイズが3でスタイルが17ということになります。
スタイル17は1856年から製造が開始され1917年には廃番になってます。
当時は女性向けの楽器を想定したようです。
僕の3-17は諸々の仕様から1850年から60年の間に作られたギターだそうです。
この時代のポピュラー音楽の人気楽器はバンジョーです。
その後マンドリンブームがあり、ギターという楽器が大衆音楽の楽器として広まったのは20世紀の中盤からであって、それまではマイナーな楽器でMartinというブランドも小さなブランドでした。
ちなみにギターにも金属弦が貼られるようになったのは20世紀に入ってからで、マンドリンやバンジョーの影響で進化したものです。
ギターのオリジナルは羊の腸を使ったガット弦の楽器です。
初代C.F.Martinは元々オーストリアの家具を作るギルド、ヨハン・ゲオルグ・マーティンの家に生まれ15歳にしてウィーンのギター職人ヨハン・ゲオルグ・シュタウファーの工房で働くことになり、主にシュタウファーのケースを作っていました。
ところが、ギルド達との間で法的な問題が生じて疲れ果てたのか、1833年にアメリカに移住してしまいます。
初代マーティンは職人として天才的な腕を持っていたことはアメリカでの評判からも確かなので
このあたりの裁判の記録等を見ていると、天才故にギルドの枠の中では活動しきれなかったんだろうななどと推測してしまいます。
C.F.Martinのアメリカ移住は後のギターの歴史において重要です。
もし彼がアメリカでギター製作をしていなければアメリカでギター音楽が民衆の間で流行ったかどうかわかりませんし、ロック、ポップスなんかも全く違ったかたちになっていたでしょうし、エレキギターがアメリカから誕生したかどうかもわからない程です。
それくらいギターの世界で大きな影響力を持っています。
初期のC.F.Martinが製作したギターはシュタウファーのコピーです。
この時点でアメリカでは全く受け入れられていないギターでした。
1833年当時のアメリカというのはヨーロッパ諸国が植民地を開拓していた時代で、現在のようなアメリカの豊かさは無く、入植者はみな貧しい生活をしていたので
ヨーロッパの高級品である楽器や芸術をする余裕がある富裕層はアメリカには当時少なかったのです。
そのため、C.F.Martinは19世紀中盤から終わりにかけてオーストリアやスペインスタイルの高級クラシックギター路線から庶民派のアメリカ独自のギター開発を進めます。
この楽器自体の斬新な進化と判断の的確さこそが現在のギターの印象を形作っています。
スパニッシュギター(クラシックギター)とアメリカンギターの分岐点がMartinのギターです。
Martinがまず着手したのはアンサンブルに負けないための楽器の大音量化です。
これによってD-28などが誕生することになり、ヒッピーの時代のポピュラー音楽で空前のブームが到来し、その影響を2010年代の現在のギターにまで残しています。
3-17はかなり小型なギターです。
Martinは当初シュタウファースタイルのギターなどの標準サイズをSize2として、それよりも大きいものをSize1、小さいものをSize3としていました。
後に1よりも大きいSize0が登場し、その後00(ダブルオー)、000(トリプルオー)といった更なる大きいサイズが登場しています。
現在ではSize0ですら標準のラインナップにはありません。
それだけ楽器の基本が大型化しています。
大型化は大音量化に繋がりますが、失われたものもあります。
それは音色です。
音に関してはもう、初期のMartinの小型のギターと現在のギターで全くの別物です。
しかし、小型は小型の繊細な響きの良さがあり、クラシック音楽におけるギターの黄金時代が19世紀であったことを考えると、ソルやカルカッシ、レニャーニなどのクラシックギターのレパートリーを適切な響きで演奏するには現代のデカいクラシックギターではなく
19世紀の小型のギターの演奏のほうが当時の音楽を性格に再現していると言えるでしょう。
Martinも初期にはレニャーニモデルなどを作っています。
3-17もまさにレニャーニなどの時代の音楽にマッチすると思います。
ウクレレ程チープではないけれど、現代のクラシックギターほど派手な低音のパンチは無い楽器です。
この手の1,2,3あたりのサイズのMartinのギターは、ロック以降のミュージシャンにすこぶる人気が無いらしく、意外と安いです。
下手な新品のMartinよりも19世紀の楽器の方が安いくらいなんです。
状態さえ良ければ全然使えますよ。
楽器自体の設計が悪いなんてことは全然無くて、時代とともに音楽の進化に合わせて楽器が淘汰されてしまっただけで、またいつかこういう音がもてはやされる時代も来るのではないかと思います。
アイスクリームコーンヒールなども当時の特徴です。
ペグはジェロームというメーカーのもので、なんと、象牙です!
ネックはシダー(杉)で指板はエボニー、ボディーはアディロンダックスプルース(松)です。
19世紀の伝統的なMartinの焼き印もあります。
3-17の音量はアンプラグドなアンサンブルやソロコンサートで弾くには小さいとは思いますが、僕みたいに完全にマイクを通して素材として使ってしまう場合は音量は全く関係無いです。
むしろ微細な音の魅力に気がついたのは、DSDレコーダーでフィールドレコーディングとかをするようになってからかもしれません。
僕にとっては楽器もアルゴリズムのようなもので、最終的にデジタルサンプルを生成するために数式を使うか楽器を使うかみたいな方法論の違いであって、150年前の楽器だろうが最新の理論に基づく波形のシンセサイズだろうが制作上大きな違いは無いのですが、楽器はなんとも言えない所有欲を満たすものであって
1850年代の3-17を所有するというのは歴史を買うことでもあります。
きっと美術品の収集をする人も同じような気持ちがあるんだろうなと思います。
19世紀のMartinのギターに関する情報は極端に少なく、ネット上でもほとんどヒットしません。
洋書でいくつか素晴らしい資料があるのでリンクしておきます。
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