ホワイトノイズの美学/湯浅譲二と電子音楽

投稿日: カテゴリー: 芸術・美学, Sound, Music

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国立音楽大学で開かれたインターカレッジコンピュータ音楽コンサートにて作曲家 湯浅譲二先生の特別講演及びコンサートを聞いてきました。
今井慎太郎先生、松田周先生、古川聖先生をはじめホスト校である国立音楽大学、東京藝術大学の関係者のみなさん、当日の音響を担当された有馬純寿先生、さぞかし準備が大変であったかと思われますが、聴衆として非常に有意義なイベントでありかけがえの無い思い出となりました。
貴重な機会をありがとうございました。

今年で生誕80周年を迎える湯浅氏ですが、その芸術への卓越した完成は少しも衰えることがありません。彼は若い頃から30年進んでいる作曲家と言われていたそうですが、まさに彼が60年代にやっていたことは30年時代を先取りしていた部分が少なくありません。

今回、音楽の感想は割愛させていただき、彼の講演、レセプションで直接伺った言葉の中で特に作曲家にとって重要であったものを箇条書きにいたします。
私の記憶から手繰り寄せている言葉なので、言葉づかいや細部は湯浅先生オリジナルのものではありません。

「音楽においていろいろな遊びがあることは良い。ただ遊びには目的がない。目的なき行為を一歩越えることが創造、想像になる。」

「ものを作るにあたってはメディアに則した作り方が適切。」

「古典派の時代はしばしば同じ楽曲でも編成を変えて演奏をすることは普通で、どのようなメディアでも耐えうる作曲法が普通であったが、印象派以降その流れは大きく変わった。音色の重要性が重要になり、トランペットのために書いた曲をバイオリンで演奏しても音楽的にならない作曲法が普通になった。これは現在でも続いている。」

「コンピュータには人間にはできないことをやらせるのが良い」

「シミュレーション、クリエーション、イミテーションは違う。人間にできることをコンピュータにやらせることはシミュレーションにすぎない。」

「1953年にテープ音楽を始めたが、非アカデミックであったため、当初アカデミズムからは若者が好き勝手やっているくらいにしか思われなかった。それも10年活動を続けることでようやく認められ、NHKでの仕事が始まった。」

「ドラマの音楽の仕事を沢山やったが、昔のドラマの音楽は保守的ではなかったので、沢山ミュージックコンクレートなど実験的な音楽を試すことができた。」

「テクノロジーを持ってすればどんなことも出来るが、素材選びは限定する。」

「ホワイトノイズをフィルタリングし特定の周波数を抽出して音楽を作るアプローチであれば、中心周波数周辺の周波数をも含む音響を取り出すことができるので、より楽音に近い響きを得られる。」

「サイン波のように特定の周波数のみしか含まない音響は自然界にはあり得ない現象であり、音楽的ではないと考えた。」

「音響にモジュレーションをかけた場合、ホワイトノイズから抽出した音響であれば複数の周辺周波数を同時に動かすことになり、オーケストラのようなうねりを表現できる。」

「今日の演奏は初演のクオリティに近い音響。」

「音楽とは音響エネルギーの時間的推移。」

「西洋音楽が多くの業績を残せたのは、記譜法があったから。」

「今日の音楽の要素とはピッチ、ダイナミクス、音色、持続から成る。」

「このように音楽を4つの要素に分解して捉える方法は西洋合理主義的であり、日本人はもっと一次元的に音楽を捉える傾向がある。」

「音楽の歴史だけで音楽を考えるのはよくない。」

「コンピュータ音楽は、アナログのテープでできなかったことをやろうと考えた。」

「テープ音楽はピッチとスピードを独立してコントロールすることができなかったので、コンピュータに移行して一番最初に行ったのはピッチとスピードを別々にコントロールすることであった。」

「コンピュータの最初の作品はクロスシンセシスでホワイトノイズと人間の声を合成した作品。」

「人間の声をストレッチし、ホワイトノイズ化させると音声特有のアクセントを消すことができる。」

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以下はレセプションパーティーにてCathy Cox先生やJohnathan F. Lee先生と共に日本語英語、そしてお酒も入り乱れたの会話の中で直接伺ったことです。

Q.「湯浅先生の作品を聞き、40年もの色あせを感じなかったのですが、それは我々の音楽は実はこの40年間あまり進歩していなかったということなのでしょうか。」

A.「そういうことです。」

Q.「UCSDで最初に教鞭をふるわれたとき、50年代に日本のアカデミズムから批判されたような障害はあったのでしょうか。」

A.「アメリカでは一切そのようなことはありませんでした。当時のサンディエゴは作曲の中でも最先端のことをやっている学校で、同時期に教鞭を揮っていた作曲家にはブライアンファーニホウなどがいます。ただ、先端の作曲を追求していた学校とはいえ、アカデミズムという場所はどうしても保守的な力が働くので、そういった面での摩擦はありました。」

Q.「最初のコンピュータ音楽作品で、人間の声を使った理由はあるでしょうか。」

A.「人間の声は通常聞いていてもわかりませんが、引き延ばして聞くと実に多彩なピッチの流れがあり、それが音楽的に感じられたからです。」

Q.「ホワイトノイズのイコンを制作された当時、機材の制約があったと思われますが、トータルでどれくらいの制作時間がかかったでしょうか。」

A.「当時は25チャンネルのミキサーを制御する必要があり、それらを意図的に操作するには複数人のエンジニアが同時にフェーダー操作をする必要があったのですが、そのために簡単なコンピュータプログラムを書き、オートメーションを実行しました。当時NHKでは勤務時間などの規定も緩かったため、毎日朝四時まで作業をすることが5か月続き作品が完成しました。」

Q.「当時どのような機材とアプローチでホワイトノイズを削っていたのでしょうか。」

A.「アナログの1/3オクターブフィルターがかかったホワイトノイズを録音し、テープの再生速度を変え、更にフィルターをかけ、レゾネーターを通すことでフィルターの特性を鋭くさせたりしていました。」

湯浅譲二先生のホワイトノイズを使った音響技法をFFTを使って再現する方法を解説しました。

http://akihikomatsumoto.com/maxmsp/joji.html

Max/MSPパッチもダウンロード可能です。