芸術としての音楽は歴史、技術、情報といった人類の資産的記憶を、個人の聴覚体験の記憶として扱う困難性を伴います。本作ではメタ記憶としての音楽をテーマにしており、音楽の伝統的な様式や技法、思想をメタ的なアルゴリズムとして捉え直し、積極的に生成規則として引用し様々な方法論で組み合わせながらプログラミングを通じて再構成することで、伝統的な音楽の歴史とは全く別の音楽体験を作り出すことに取り組んでいます。
http://plumus.tokyomax.jp/release/mus-012
1.BAKUSHUKU
2.Complexity
3.Hymn
4.Linearlity
5.Thanatos
6.Skeleton
7.Ramification
Label ... +MUS (http://plumus.tokyomax.jp)
Composition ... Akihiko Matsumoto (http://akihikomatsumoto.com)
Mastering Engineer ... Yu Miyashita at Underarrow (http://www.underarrow.com)
Art Work ... Adam Hosmer (http://adamhosmer.com)
東京在住音楽家。東京藝術大学大学院修了後、東京大学研究員を経て現在はフリーランスのアーティストとして音楽作品や美術展示、大学や放送局等の研究機関のためにプログラムを開発している。モデルやシステム、アルゴリズムに着眼し作品をメタデザインし、音や光などのメディアを横断しながら生成的にリアライズしていくアプローチが特徴である。
近年では日本科学未来館の展示音楽の作曲や東京モーターショーのイベント音楽(サウンドアーティストevalaと共作)や手がけるなどアートに留まらない分野に活動を広げ、Max/MSPプログラマーとしては六本木ヒルズクールジャパンオフィスのエントランスのインスタレーションのLEDプログラムや他のアーティスト作品ではevala、池上高志、渋谷慶一郎、大友良英×飴屋法水、藤本隆行、やくしまるえつこ、坂本龍一+高谷史郎らの制作にプログラマーとして参加している。
ダムタイプの藤本隆行氏による舞台作品「node - 砂漠の老人」のために作った音楽が元になった楽曲である。舞台作品は映像、音響、照明、パフォーマンスがシンクロした一体感のあるものであり、そのまま音楽だけ切り取っても作品として成立しない性質のため+MUSのリリース用に新たなアレンジを施している。
公演のために開発したMax/MSPプログラム。映像や照明、ヴァイオリニストと信号をやり取りしながらインタラクティブに電子音響を展開した。公演バージョンではLANで接続された別のマシンからのマスターキューにより任意タイミングで音楽が展開するように、どのようなタイミングで各セクションが切り替わっても不自然に感じないように特殊な作曲を行った。
ライフワークとしてKORGのMR-2を使ってストックしておいた世界各地の様々な音声、音響のフィールドレコーディングを一つ一つを分解し、個々を判別すことが不可能なほど多重に、素材の速度を変調させながら重ねることで人類が生み出した音による加算ノイズを作り出している。
adphoxのバイノーラルマイクBME200。立体音響的な再現性というよりステレオ無指向性マイクとして捉えて、音を空間全体含めて録音するために使用している。
後半のトレモロがかかったギターはstrymonによる真空管トレモロのシミュレーターによるもので、後段にEventide H9のスプリングリバーブをかけて録音した素材をMax/MSPで再構成している。
全く未知のビートを生み出すために提示している複雑なドラムのリズムは感覚的なグルーブでもランダムでも無く、イギリスの作曲家ブライアン・ファーニホウのようなに数学的に計算され、複雑に譜面上に生成されている。コンピュータ無しには発想し得ない複雑なパターンはポスト・ファーニホウ的とも言えるアプローチである。
IRCAMのOpenmusicを活用した生成的な技法の詳細はサウンドレコーディングマガジン2014年7月号でも紹介しているが、Openmusicのバックで動くLISPが得意な方法で一小節の中の拍を複雑に分割しながら、非周期的なパルス列を生成し、そこに様々な音をマッピングする形でリズム主体の作曲を行っている。
音響処理というより、主にアルゴリズミックに各種パラメーター制御行うために、Max for Liveを多用しているため、メインのDAWはableton Live9が採用された。
この作品ではリズムとも音響とも区分出来ないドラムの音を作るために、アナログ電子回路でファズを開発するところからスタートしている。この作品の副産物として生まれた発振ファズ、「Shooting Star」はnoizevilから一般販売されている。
中盤ではファズとフェイザーが一体になったサイケ全盛期を彷彿させるRolandの1970年代製造のレアなヴィンテージエフェクターJet Phaser AP7も利用している。
既存の方法論とは全く違うアプローチでドラムを作ったため、リズムパターンの生成には何百回と実験を重ねた。「選ぶ」という行為の創造性を意識し、生成アルゴリズムを徹底的にチューニングしていくアプローチではなく、あえてある程度幅を持たせた規則から生成される無数のバリエーションの中から、最も最適な素材を作曲家自身が選ぶという作曲の方法がとられた。
ルネサンス期以前の古い聖歌を20世紀以降の新しい解釈でアップデートすべく作曲を行っている。1オクターブの12音のピッチクラスのどこにも中心性を持たせない無調音楽の作曲技法を、7音のダイアトニック音階に応用し、全てのピッチクラスの出現頻度が等確率に生成される偶然性の和音の中で、中世の教会旋法による即興的旋律を組み合わせ、パンダイアトニシズムとポリフォニーの様式的融合を図った。楽曲の背後では15世紀のフランスの作曲家ジョスカン・デ・プレのMissa Pange Linguaのサンプリングが使用されている。
典型的な現代音楽の技法をいかに無調音楽とは違った形で展開するかを考えるために、ウェーベルンの作品等のピッチクラスセット分析を行い、アルゴリズム作曲のためのプログラミングの参考にした。
ロングトーンのグリッサンドはEBOWを使って持続音を繋いでいる。フレット楽器での滑らかな音の繋がりはエボニー指板でもメイプル指板でもなく、ローズ指板にアルダーボディーという組み合わせでなければ出せない音。
ギターによる複雑な多声の旋律は多重録音ではなく、EventideのH9に含まれるBlackholeというリバーブアルゴリズムを使って即興演奏を一発録りしたもの。どのタイミングでどの音が反復されて帰ってくるか読めないような反響とセッションしている。
クリーントーンのコードを奏でている音は1977年のフェンダー・ストラトキャスター。エフェクターにはSONY DPS M7や自作のMax for Live用のグラニュラーディレイを使用している。この楽器は松本の父が裸のラリーズのギタリストに貸し手戻ってきたところ信じられないほどフレットが減っており今に至るという曰く付きのギターである。
ある音楽に含まれている楽譜上では決して見えない作曲家の思考をデータとしてあぶり出し、原曲の作曲家とは全く違った方法でそのデータを使い、アイデアの再リアリゼーションに取り組んでいる。元データとしてジョン・ケージが1948年に作曲した”in a landscape”を分析し、マルコフ連鎖によって同様の旋律生成規則を持って再構築した旋律を多声展開している。更にアルヴォ・ペルトのティンティナブリ様式におけるT-Voicesを生成する声部を組み合わせて声部を補強した。
旋律の生成にはMax/MSPを用いて2次マルコフ連鎖を実行している。
EDM以降定番となっているプラック系の音色はシンセサイザーによるものではなく、C.F. Martinの1850年代の超オールドギター3-17にAquilaのナイルガット弦を張りサンプリングしている。ナイルガット弦とはナイロンではなくガットを人工素材で再現した新素材の弦であり、限りなくガット弦に近い音色が得られる点が特徴。
対位法的なアイデアに基づいて偶発的に生じたハーモニーを、和音として補強するためにNative InstrumentsのReaktor Razorを使用した。
シューゲイザー以降の轟音を再現するためにダウンチューニングされたギターは低音のタイトさを出すためにアンプではなくSuhr Riotを18V駆動させて歪ませている。一般的な9V駆動と比較するとピッキングに対するセンシティビティーが上がり音の解像感もアップする。一部ではCRUSHSOUNDのスライドバーを使用している。
終盤から入ってくるギターの音はEBOWによる持続演奏をルーパーで無限に足し続けながらダイアトニックトーンクラスターを作り録音したものだ。
ハードコアやスラッシュメタル、ノイズのような装いを持ちながら裏では現代音楽のようなことをやっている攻撃的電子音楽。人間的なルーズさが排除されたコンピュータ制御の電子音楽でありながら、バンドのライブのような生々しさや荒々しさを表せないかということを重視した楽曲。アンプやエフェクターを駆使し、様々な質感のディストーションギターのサンプリング音が複雑に入り組み、ザッピングのように展開していく。
エフェクターセットはDAWからのセンドリターンでアウトボードのようにも使い、ドラムやベースなど複数のパートをグループ化してからBOSSのメタルゾーンMT-2やWMDのGeiger Counterをかけて原音に薄く混ぜて過剰な歪み感を演出している。noizevilの発振ファズを楽器を接続せずにノイズ演奏したパートもある。
エボニー指板にボディーとネックが共にウォルナット材というレアなフェンダージャパンのストラトは、6弦を5弦の1オクターブ下のAまで下げるAADGBEの変則チューニングで使用した。ダウンチューニングでもゲージは太くせず、あえて0.09-0.46のままでダルダルに緩んだ弦のテンション感で不安定なピッキングハーモニクスを出している。
オーディオインターフェイスはチャンネル数に余裕があるRMEのFirefaceを使い、外部エフェクターとセンドリターンを行いDAWとオーディオのやりとりをしている。
ハードなインダストリアルサウンドを取り入れるために、生命に危険を及ぼすほど化学的な臭いが立ちこめる川崎の工業地帯でフィールドレコーディングを行った。
調性音楽の分析理論として20世紀に誕生したシェンカー分析を分析ではなく生成という逆の方向に応用し、数小節のメロディーの大元になるセリーから生成的に反復的なフレーズを分裂させて作ったミニマルミュージック。
シェンカー分析はウワザッツ、ウワリニアという部分までは還元せず、ミドルグランド程度のまとまりからサーフィスレベルへのリアリゼーション的生成ができるようにプログラミングを行った。
ベーシックなアイデアはPureDataで書かれており、+MUSの母体となるTMUGのRjDjのワークショップ時にiPhone用に作ったインタラクティブなminimalist styleというプログラム。これをMIDIによるアルゴリズム作曲用にMax/MSP環境へ移植した。
MIDI生成用にMax/MSPに移植したパッチ。
アコースティックギターはLinearlityで使用しているC.F. Martin 3-17に加えて、C.F. Martinのオールマホガニー製000-15Sを使用している。ギターの音はミニマル的反復感を出すために一旦サンプリングし、機械的なリズムで奏でられている。
サイドチェインがかけられた歪みギターにはDevi Ever SHOE GAZERやZ.VEX FUZZ FACTORY、noizevil Shooting Starなどクセの強いファズが選ばれた。
FM合成や加算合成を使い、常時100音以上重ねて作ったクラスター音響をベースに、フィールドレコーディングを変調しながら重ねた音響音楽。
ジェルジュ・リゲティのマイクロポリフォニーの概念にも通じる微分音のマイクロトーナルクラスターによる電子音と、Max/MSPによって独自に音響処理したピアノやギターといった生楽器のダイアトニッククラスターの2群を組み合わせ、ポリハーモニーを形成し、クラスター音響ながらも前衛音楽とは違った響きを追究している。
フィールドレコーディングから楽器の音にまで大々的に利用しているオーディオファイルから自律的音響バリエーションを生成するMax/MSPで作ったプログラム「Audio ATMOSPHERE」はサウンド&レコーディングマガジン「Max6で作る自分専用パッチ」のコーナーで紹介を行ったものである。
http://rittor-music.jp/sound/magazine/max6/7621
電子音響の合成はプログラミングを駆使し様々な実験を繰り返しており、一眼カメラを使ってリアルタイムに映像ピクセルを音響波形に変換しながら作った音等も収録されている。
プラグインではなかなか出すことが出来ない独特なアンビエントサウンドを出すためにEventideのH9に含まれるシマーリバーブを利用している。H9は他に濃密でリバーブタイム無限の残響を生むモッドエコーバーブ等も利用した。
非調波によるクラスターサウンドを作るためにアメリカの作曲家ジョン・チャウニングがstriaで実践した黄金比をキャリア:モジュレーター比に用いたFM音響合成を利用している。このMaxパッチは国内で購入しMI7にユーザー登録すると無償で付属するアーティストパッチに提供しているものと同等である。
配信は現時点では圧縮音源のみのリリースであるが、将来的なハイレゾ化も想定しmetamemoryのミックス自体は96KHz/32Bitで行われており、可聴域を超える音域の音も含んだ音源が制作されている。